講演U

知的障害者のスポーツ指導  
重たい知的障害・自閉症者とのおつきあい

講師
愛知県障害者スポーツ指導者協議会顧問         
第1回全国障害者スポーツ大会 愛知県選手団 総監督 
森長研治さん


 2001年11月、宮城県において第1回全国障害者スポーツ大会が開催された。それまで別々に行われていた
「身体障害者スポーツ大会(身スポ)」と「知的障害者スポーツ大会(ゆうあいピック)」が統合された画期的な大
会であった。多くの課題を抱えている全国大会であるが、それは毎年行われている「県大会」でも同じことがいえ、
共通する部分がある。
もう少し私たちの身近なところでの知的障害者のスポーツ支援について、講演されたお話を整理してみたい。



今年も5月に「県大会」が開かれる。また、大なり小なりハプニングが待っているんだろうなぁ・・
でもそれもまたひとつの楽しみでもあるなぁ・・・bal


「知的障害者」「自閉症者」は障害者スポーツの中で
「知的障害」の区分に属す。
そしてその区分はといえば「知的障害」ただひとつである。
 「身体障害者」は細かな障害区分が設けられているのに。

身体障害・・・例えば「視覚障害」「聴覚障害」「肢体不自由」etc・・・「聴覚障害」は該当しないかもしれないが、その障害が目に見える場合が多い。 また、障害の程度もわかりやすい場合も多い。
       ↓
必要な援助がわかりやすい


 なぜ 障害者スポーツには「障害区分」が設けられているのか?
  考えてみたことは・・・ありますか?

 知的障害とは?
 一般的な知的機能が明らかに平均よりも低く、同時に適応行動
における障害を伴う状態で、それが発達期に現れるものをいう。

                  (アメリカ精神遅滞学会による)

そして、そのために・・・
  
社会適応行動やコミュニケーションに支障をきたすことがある。

しかし・・・
  
障害の程度に応じ、その人にとってわかりやすい伝達・教授がなされれば・・・


 私たちの錯覚 〜不適切な対応〜

・・・外見だけで判断して、本人の能力に合わないことを期待してしまう・・・そして期待通りの結果が現れない・・・
イライラしてしまう。

知的障害・・・程度様々、十人十色

 ・知能指数が20以下で、療育手帳A判定、または愛護手帳(名古屋市は愛護手帳という)1度判定のいわゆる
最重度といわれる知的障害の人。軽く走ることができたり、物を持ったりなど運動能力は高くても、知的・情緒面
での発達は1歳未満という人が多い。

「発達のレベルによって支援の方法が異なる」・・・このことを頭の片隅にいれておく、それだけでもずいぶん違う。
その人にとってわかりやすい方法を、具体的に示すことが必要ではないか。


自閉症とは?
 広汎性発達障害とされ、幼児期(概ね36ヶ月)以前から、小児期発生する。脳の(機能・器質的)障害により、社会適応行動やコミュニケーションに障害がみられる。   (アメリカ精神遅滞学会による)
 知的な障害を合併している方もいる。 

 そして、そのために・・・
  
T.対人関係に障害をきたす
例1)他人の感情を読み取ったり、存在を意識することに乏しい。
例2)困ったときにノーマルな助けを求めず、自傷など非社会的な方法で求める。
例3)同年齢の人と友達関係をつくることができにくい。
                                              etc・・・
U.言語的、非言語的なコミュニケーション及び創造活動の質的障害がある
例1)言葉やジェスチャーなどでコミュニケーションができない。
例2)視線が合わない。
例3)言葉はでるが、相手のことをお構いなしに勝手に話し、会話として成り立たない。
                                                                                                     etc・・・
V.活動、興味などの範囲が狭い
例1)頭を叩くなどの自傷、旋回する、手(指)を目の前に掲げてヒラヒラさせる。
例2)物の置き場所・位置などが変化することを極端に嫌う。
例3)道順に拘ったり、習慣を変えることを極端に嫌う。
                    
                        etc・・・


 しかし・・・
  

視覚的な手段を用いると理解しやすいとされる障害特性を活用して、図示やパネルなどの視覚的な手法による伝達・教授、予定の明示がなされれば・・・
また、自閉症という障害の特性を理解し、物理的・人的に適切な環境整備がなされれば・・・
このようなカードを用いるとわかりやすい場合もある→



なぜだろう?どうしてだろう?と考えるゆとり

「指示に従ってくれない」
「ピットまで移動しようとしない」
「わかっているのか、わからないのか?がわからない(反応がない)」

        何故なんだろう? どうしてだろう?

        
どう(支援)したらいいのだろう?

 私たちスポーツ指導員といわれる人たちは、参加者が楽しく競技できるように支援をしなくてはならないが、
と同時に競技をスムーズに進行させるという責任もある。ただ、私たちが大会に集中してしまうあまり、ややも
すると競技進行のみにとらわれてしまうこともある。
 そんな時、少し考えるゆとりをもったならば・・・

障害やその行動を「奇妙とみたらそこから何も進まない」


知的障害者スポーツ・・・
 「指導」よりも「支援」


 講演の中で、「知的障害者スポーツについては指導することは少なく、どうやって支援するのか、
支援ができるのかを考えることのほうが大きい。あえて指導というならばその(運動)方法を教授す
るということだろう」
と森長氏は言われた。

  また、「障害者スポーツ」については「障害をどう軽減できるかを常に考えなくてはならない」と自身の
苦い経験を交えてお話いただいた。(忘れた影を知る心 参照)
 

1994.4.12 中日新聞 朝刊 近郊版


   提 言

1.障害者スポーツは独自の独立したジャンルであり、個人競技は機会均等が大切。

2.知的障害を一つに括らず3・4クラスに分けるなど、競技における不利益解消の努力を望みたい。 区分が今のままでは障害の重い方は大会に臨んでも惨敗するのみであるし、結果的に出場できない。がんばってもできないこともあるのが障害であり、障害はなおらない。

3.『失われたものを数えるな、残されたものを最大限に生かせ』の精神を尊重したい。

4.知的障害者スポーツは学校教育の枠を脱しない体育であってはならない。市民・生涯スポーツ的な 大人の大会であって欲しい。

5.競技者に指導員またはサポートする人たちを「先生」などと呼ばせる体質は一掃すべき。

6.競技性の強い大会もいいが、重度・重複障害の方が参加しやすいように「タイム自己申告制」を取 り入れるなど『福祉的』な配慮のある競技を設けてもいいのではないか。



雑・感 草       

 
・講演も資料も具体例がたくさん盛り込まれており、分かりやすかったまた、講演後、質問がたくさんあり、知的障害や自閉症への関心の高さをうかがわせた。(T)
 
 ・スポーツ・レクリエーション活動や県のスポーツ大会で予想される知的障害者や自閉症者とのかかわりの難しさ・対応をまとめた「こういうときはこうする・こう考える・事例集」を作ると、役に立つのではないだろうか。(T)


 ・午前が国内的・国際的組織の話でいわば知的障害者スポーツに関するアウトライン(地球規模・国家規模の話)であり、午後が知的障害者そのものを理解するための話でいわばコア(人そのもの)であり、アウトラインとコアをつなぐ もの(血とか肉?例えば具体的な活動?)があまり見えなかったなと思います。
 まあ、その「血とか肉」は講演してもらうようなものではなくて、わたしたちが考えてやっていかなくてはならないことかもしれませんね。(M)

 ・数年前、仕事でM部S課にいたとき、広報番組の仕事(手話通訳)をしていたことがある。ある日の放送内容は「スポーツ指導員養成研修会」の紹介だった。当然「スポーツ指導員」という用語が何度もリピートされた。
「指導」という手話はあるが私にはそれが使えなかった。
ではどのように表現したかいうと・・・
       「スポーツ指導員」=「スポーツ」「支援」「員」
通訳者としては失格かもしれないが、どうしても「指導」という表現に抵抗があり、敢えて使わなかったことが思い出された。(Y)

 ・『全国障害者スポーツ大会競技規則集(財)日本障害者スポーツ協会編』の障害区分表をみていてふと思った・・・身体障害の中には「内部障害者」も含まれるのだが、障害区分にない!
なぜ?
どの区分になるんだろう??(S)

 以上の報告は、3月3日の講演内容をもとに、スポーツ指導者協議会研修委員(榊原)がまとめたものです。




講演1「知的障害者スポーツを取り巻く国内・国際情勢」へ